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東京高等裁判所 昭和47年(ラ)449号 決定

抗告人

安藤文子

外三名

右四名代理人

田口尚真

相手方

右代表者

前尾繁三郎

相手方

北海道

右代表者

堂垣内尚弘

主文

原決定を取り消す。

相手方国の移送申立てを却下する。

理由

抗告人ら代理人は、主文同旨の裁判を求め、その理由として別紙記載のとおり主張した。

よつて按ずるに、本件訴訟は、農地法第四四条に基づく買収処分が死者を相手方としてなされた点に於て無効であるとし、死者の相続人である抗告人らから買収土地の現在の所有者である相手方らに右土地の所有権確認等を求めるものであつて、その争点は、訴状記載にみる限りでは、農地法第五〇条による買収令書の交付に代えその内容を公示してなされた買収処分の適否如何の一点にとどまる。

右争点の判断にあたり、必要とされる物的ならびに人的資料が、主として処分庁もしくは被買収土地の所在する地域にあるであろうことは容易に推測しうるところではあるが、

一  右のように争点は唯一であつて、その内容もさほど複雑とはいえないから、その審理に長期間を要するとは考えられず、また多数の証人喚問を必要とするものとも考えられないこと、

二  買収処分の無効事由については、原告たる抗告人らにおいて立証責任を負うものであるから、抗告人らが証拠調べに支出する費用の額に比して不相当に多額の失費を被告たる相手方らに余儀なくさせるものとは認められないこと、

三  本件訴訟の審理にあたつては、行政事件訴訟法第四五条により行政庁を訴訟に参加せしめ、その立証活動に期待することも可能であること、

等の事情をかん案するときは、本件訴訟の審理を原裁判所でなすことにより、被告たる相手方らが特に著しい損害を蒙るものとは認められないし、また、これがため審理が著しく遅滞するものとも認め難い。他に右判断を左右するに足る資料はない。

そうすれば、原裁判所が本件訴訟を札幌地方裁判所に移送する旨決定したことは失当であるからこれを取り消し、主文のとおり決定する。

(位野木益雄 鰍沢健三 鈴木重信)

抗告の理由

一、相手方国の移送を求める理由並びに原決定が移送を相当と認めた事由は、(一)東京都に在住する原告が抗告人安藤文子一名であること、(二)本件土地が北海道に所在すること、(三)本件訴訟の資料も北海道知事が保管していることである。なるほど、右(三)の点は抗告人らには判らないが、(一)、(二)の点は相手方国の主張するとおりである。

二、ところで、本件訴訟の要点は相手方国も指摘するとおり、抗告人らの先々代亡安藤浩が既に二十数年前に死亡し、抗告人らが所有者であるのに、抗告人らに全く関係なく、右死亡者に対してなされた買収処分が無効であるか否かである。そして、右の点が、抗告人相手方間の唯一の争点である。何故ならば、抗告人の訴状請求原因第二項ないし第四項記載の本件土地の買収手続及びその後の表示変更、登記手続、土地配分計画は、総て国及び北海道知事においてなされ、抗告人文子の国及び北海道に対する照会調査によつて判明したものであつて、国及び北海道において争う余地がないからである。

なお、訴状請求原因第一項記載の抗告人らが共有者であること、先々代浩及び先代浩一の各死亡の事実が争点となりそうであるが、しかし、これは戸籍謄本によつて明白であり、相手方らといえども争う余地がないものである。

三、したがつて、請求原因第一項はもとより、請求原因第二項ないし第四項については、相手方らにおいて、抗告人文子の照会に対して回答したとおり答弁すれば事足り、即ち何ら争いはなく、若し、仮に若干の相違点があるとするならば、それを相手方らにおいて主張すればよく、抗告人らは何ら関与したことがないのであるから、相手方らの主張はそのまま認めるところである。本件では争いがないのに、相手方らがあえて資料を提出する必要は全くないのである。

四、そうすると本訴では二十数年前の死者に対する買収処分が無効であるか否かが唯一の争点となり、しかも、この争点は法律判断である。

したがつて、本訴では、本件土地が北海道に所在するとか、北海道知事が資料を保管するとかの事由は何ら重要なものでなく、右事由があるからといつて、東京地方裁判所で審理すると、訴訟につき、著しき損害又は遅滞を生ずるということは、あり得よう筈がない。

五、いうまでもなく、相手方国及び北海道は資力的にも人的、組織的にも極めて強大である。また相手方北海道が東京都にその出先機関として事務所を設け職員を常駐させていることは公知の事実である。さらに、訴訟遂行については、北海道は法務大臣に請求して法務省所属の職員に訴訟担当をさせることができるのである(国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律第七条)。右法律の立法精神が、まさしく本件に妥当してくるのである。あとは、相手方国及び北海道の内部的な連絡又は確認事項だけであつて、この処理は極めて容易な筈である。したがつて、相手方国は勿論、相手方北海道においても、本訴が東京地方裁判所で審理されることによつて旅費その他の費用で著しく損害をうけることもない。

これに反し、抗告人文子は東京都に居住し、抗告人ツネは福島市、抗告人保子及び蓮子は外国人と結婚し国外にいるところ、親元ツネのところを国内の住所と定めて本訴を提起しており、抗告人ツネは七十二歳の病弱老婦で収入もなく抗告人保子及び蓮子の送金で細々と生計を樹、抗告人文子も無職の主婦で経済的余裕はない。このような抗告人らの事情は、若し、本訴が札幌裁判所に移送されるにおいては、旅費その他の費用が莫大となり訴訟遂行をも断念せざるを得ない状態にある。

仮に、本訴で証人が必要となるとすれば、抗告人らと、その他には相手方北海道の担当者一人で足りるのである。抗告人らが北海道の札幌市に出張するよりも一人の証人が上京するか、嘱託尋問されれば、東京地方裁判所で審理されるのがはるかに迅速である。

六、移送決定の事由があるか否かは、当事者双方の事情、事件の特質を包括的に比較考量して決せられねばならない。抗告人らが東京地方裁判所に本訴を提起した事情は前記記載のとおりであり、特に経済的事由が強いのである。また本訴の特質も前記詳述のとおりである。しかるに原決定は抗告人らを審訊すらされず、抗告人側の事情については一顧だに与えておられず、本訴の特質についても充分には握されていないのである。

七、上述のところから明らかなとおり、本訴を東京地方裁判所で審理しても著しき損害又は遅滞を生ずる事由は全くなく、前述抗告人らの事情からして、札幌地方裁判所に移送されると、かえつて著しき損害又は遅滞をまねくのである。原決定は、この点の判断を誤つたものであるから抗告の趣旨記載の御裁判を求めるため本抗告に及んだ次第である。

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